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【PLUS Report 2015年8月号】新連載 『ヘルスケア~医療・介護法制シリーズ』 第1回 医療法人 ~制度創設とその変遷~(前編)

新連載 『ヘルスケア~医療・介護法制シリーズ』

第1回 医療法人 ~制度創設とその変遷~(前編)

先月号にてご案内のとおり、PLUS Report では執筆担当者毎の連載企画をスタートさせておりますが、新連載の二つ目は、医療・介護を中心としたヘルスケア分野の法制度に関するトピックスを、司法書士・医療経営士(2級)森田良彦にて採り上げてまいりますので、お付き合いの程どうぞよろしくお願いいたします。

第1回目は「医療法人 ~制度創設とその変遷~」と題しまして、医療法人制度の創設から現在までを、医療法の改正の経緯を踏まえながら複数回(2~3回)に亘りお話ししてまいります。医療法人誕生の背景や取り巻く環境の変化、医療法を中心とした法律改正等の経緯を追うことにより、日本独特の制度といってもよい医療法人の性質・特質や今後の動向を考えるうえでのヒントを得ることができればと考えております。

PLUS Report では、本誌をより充実させ皆様に有益な情報を発信していくため、皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。採りあげますテーマなどお気軽にご意見やご要望をお寄せ頂けましたら幸いです(PLUS Report 事務局 plus-report@plus-office.com)。

1.医療法人制度創設の背景

(1)医療法人制度は何を目的として創られたのか?
法人は「法」が擬制した「人」ですので、根拠となる法律が必ず存在します。医療法人の場合は「医療法」です。医療法は昭和 23 年医師法と共に制定され、医療機関及び医療提供体制に関する事項が規定されています。

医療法人は、昭和 25 年の改正の際に新設されました。第2次大戦で日本の医療提供体制は壊滅的な打撃を受け、極度の食糧不足が栄養失調を招き伝染病が猛威を振るう状況の下その体制の立て直しは急務でした。国は、自治体病院に対しては国庫補助金を拠出し財政的な支援を行いましたが、当時の病院の約7割は私的病院であり緊縮財政(ドッジ・ライン)から私的病院に対する国のサポートが叶わず、そのため民間による自主的な再建と資金調達手段の確保が求められました。その資金の「受け皿」=個人の資金を民間医療機関に出資・受け入れるためのヴィークル(法人格)として創設されたのが医療法人です。したがいまして、医療法人の本質は「公」では
なく、あくまで「民」であることが伺えます。

また、当時の医療法改正案の提案理由説明の中で「~一般の開業医師の中には、数人ないしそれ以上の員数による共同出資により病院を建設し、あるいはこれを維持しようとする場合が少なくない~」とあり、第三者による共同出資の下で医療法人が運営されることが想定されていました。他方で、医療事業の非営利性により剰余金の配当が禁じられていたことから、医療法人は、公益法人と営利法人の中間的な性格を有しているといえます。

(2)非営利性と「出資持分」の混在の謎
ここでひとつの疑問が浮かび上がります。医療法人には、なぜ非営利性と「出資持分」という相容れない概念が混在しているのか。剰余金の配当が禁止される一方で出資持分が認められ、当時のモデル定款にも、退社時の払戻請求権や解散時の残余財産の分配に関する規定が謳われていたという背景にあるもの。これは、医療法人の制度設計が、改正医療法の施行直前に制定された中小企業協同組合法をベースとしていること(前述のとおり第三者の共同出資による法人運営が想定されていました)、また、当時の厳しい状況下において、第三者からの出資を促すためには何らかのインセンティブ(キャピタルゲイン)を用意しなければならず、医療法人制度創設の趣
旨~民間による日本の医療提供体制の早急な立て直し~を実現するため、出資持分という概念を設けざるを得なかったという事情がありました。医療法人の登記事項として、出資額ではなく期末資産の総額(最終貸借対照表上の資産の額から負債の額を減じて得た額)が定められている趣旨が、退社時の持分確定の基準額を明らかにす
るためのものであることからも、その背景が伺われます。なお、出資持分のない財団たる医療法人に対しても、同旨の登記が義務付けられている趣旨は明らかではありません。期末資産の総額の登記については医療法人が組合等登記令の適用を受け、本額の登記の要否につき社団・財団の別が定められていないことが形式的な理由といえましょう。
なお、現存する医療法人の多くは未だに持分のある社団法人であり、当時の「やむにやまれぬ事情」が、制度発足から65年を経た現在においても、特に出資持分の承継における税制面の問題を中心として論議を醸し続けています。

(3)社会福祉法人との比較

社会福祉法人は、昭和 26 年に公布された社会福祉事業法(現・社会福祉法)において創設されました。GHQの強い意向により、政府が補助金支出を通じて社会福祉に関する責任を民間へ転嫁することを防止するために憲法第 89 条(「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」)が規定された一方、戦後の生活困窮者や母子、孤児などを救済する施設を整備するためには民間を活用することが不可避であったことから、「公の支配」に属することを条件として創設された法人格が社会福祉法人です。「出資持分」という概念が存在せず、解散時の残余財産の帰属先も、他の社会福祉事業者又は国庫に限られています。医療法人と異なり、法人税や法人住民税、固定資産税も原則非課税であること
から、「公」としての性格が強い法人格であることが伺えます。

2.第1次医療法改正と医療法人

昭和 25 年の医療法人制度発足以降、医療法は大きな改正もなく「自由放任主義」といってもよい状況が 40 年程続きます。

ところが、昭和 55 年、ある医療法人において、医師の資格を持たない病院開設者が診療を行っていたことが発覚し大きな社会問題となり、「医療の荒廃」が声高に叫ばれたことに加え厚生省(当時)の医療費適正化政策の流れを受け、昭和 60 年にはじめての大改正が行われました。
本改正の中心は、次の2点です。

①医療提供体制の量的確保は既に図られ、むしろ無秩序な病院病床の増加をコントロールし体制の見直しを図る必要が生じたため、都道府県に「地域医療計画」の策定が義務付けられ、その結果病床の「総量規制」が行われたこと
②医療法人の運営の適正化と指導体制の整備及び「1人医師医療法人」の認可

①の病床の総量規制は病院の「駆け込み増床」を引き起こし、設備投資ブームと看護師需要の急激な増加という混乱を生みました。現在、当時の建設ラッシュから 30 年を迎え施設の老朽化が進む一方で、建設コストの著しい上昇や診療報酬改定等の「逆風」が医療法人に限らず多くの医療機関に吹きつけられており、建て替え、移転、増改築等、今後の経営の「舵取り」も相俟って悩ましい問題となっております。

②本改正の際に、役員の定数を定め病院等の管理者はすべて理事とすること/原則として、理事長は医師又は歯科医師である理事の中から選出すること/医療法人に対する立入検査に関する規定が設けられました。

本改正に対する医療機関団体からの批判は厳しく、下記の主旨の声明をした団体もありまし
た。

「(1) 全体として非科学的、官僚独善的な発想により医療国公営路線に向かって大きく一歩を進
めるものである。(2) 重大な私権の侵害と憲法に違反する条項を含むものである以上の理由により、われわれは国民医療を守るために絶対反対する。」
「医療計画にあっては、知事が勧告により私的病院の病床を規制することは、自由主義国家にお
いて民業を圧迫するもので、国民医療を守るため断じて許されない。」

第1次改正以降、医療法は 10 年の期間を置くことなく 5 回の改正が行われました。本連載の
次号において、医療法人にまつわる改正点を中心にお話を進めてまいります。

(文責 : パートナー司法書士・医療経営士2級 森田良彦)

本レポートは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については各々固有・格別の事情・状況に応じた適切な助言を求めていただく必要がございます。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的な見解であり、当法人若しくは当グループ又は当法人のクライアントの見解ではありません。

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